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2009年2月6日金曜日

悲観して楽観する

実は今日、3月以降にハケン契約が更新されるかどうかが判明する日です。もし、ハケンの契約が切れてしまったら・・・については、もう次の行動計画を立ててあるのでジタバタしませんよ。

そもそも3ヶ月更新だから、3ヶ月毎にリスクがあるのは今までと一緒。今までも更新が近づくと身辺を整理したりして、覚悟だけは決めていたわけだし。

もちろん更新されるといいなと思いつつも、毎回のリスクをリスクとして覚悟するのは、ハケンとしてあるべき姿勢なんだと思っています。それが危機管理。

まぁ、今のタイミングで契約更新が切れるとしたら、確かに厳しい状態であることには違いないな。でも、さまざまな手段によって、最悪でも秋ごろまではもちそうな気配だ。

背水の陣としてはなかなかのお膳立てなんじゃないかなあ・・・と、やや、のんきに構えてもいる。メリットもあるからね。一日の全てを自分のなすべきことに費やせるんだよ。生活資金が削れていくというリスクを負いながらだけど。

まぁ、契約更新できればありがたい。できれば吉報を聞ければいいなあと思う。それだけ。「・・・って、おい!?」なんてツッコミが入りそうだけど、まぁ、それだけ。右を向いても左を向いても、どうせうまくいくんだから。

とりあえず自分にとって悲観的な状況を十分に想定し、その状況でどの程度の見込みが立っているのかを検証する。そして危ない状況であれば手段を講じておく。

人事を尽くした後は、自分の努力と神様の采配の領域だもん。それ以上は深刻に悩んだって、事態は変わらないし、自分のためにもならないんじゃないと思うんだよね。

ところで、今、実は自宅の電話線を抜いています。電話をかけられても呼び出し音が鳴るだけで、誰も出ませんよ。あまりに実家から心配する電話がかかってくるから、そっと電話線を抜きました(苦笑)。

心配してくれるのはうれしいけれども、お願いもしていないのに数々の不安要素を並べ立ててくれるんだもんなあ。正直、それをいちいち聞いていたら、自分のモチベーションを下げられるだけなんで、正直なところ迷惑なんだなあ。

「心配する」っていうと聞こえはいいけど、要するに「信頼していないだけ」なんだってことが分からないかなあ。この歳になって自分自身の可能性を信じずに、素直に親の忠告に従って自分の人生を決めちゃうような人間に育っていたとしたら、そっちの方が広い意味で親不孝なんじゃないかと思う。

親の心配のサイズは親の人生から生まれた大きさ。そのサイズを乗り越えて大きくなることの方が、親孝行なんじゃないかなあ。親子であってもその人生は独立したものなんだから。

悲観と楽観をうまく使い分けて、自分の人生には自分で責任を持って前進していきたいなあと思う所存です。はい。

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