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2013年6月16日日曜日

起業家に最も必要な管理とは

◆タスクよりモチベーション

デジタル文化の発達により、時間内に処理しなければならない行動の密度が凝縮されている昨今、タスク管理に関するコンテンツは増え続けています。タスクの細分化、タスクの優先順位、タスクの納期管理……さまざまなツールがあり、さまざまな運用法がありますが、それだけで解決しない課題もあります。

タスク管理の方法をどれだけ知っても、知識だけでタスク管理が機能するというわけではありません。タスク管理の最も基本的な側面は「タスクリスト」の作成です。しかし、これを作成して並べるだけでなんとかなるのかといえば、そうはなりません。「実行したい」というエネルギーが必要不可欠なのです。

多くの「タスク管理」はモチベーションが十分にあることが前提になっています。やりたくない人に無理矢理やらせても無駄が多いので、それは当然のことなのですが、同じ人でも体調の波によってモチベーションの不調はやってきます。そういう時に乗り越えるノウハウを知っておくことは重要だと思います。


◆その願望はリアルなのか

比較的「雇われ仕事」で発生するタスクのモチベーションはシンプルです。なぜならば、やらなければ必ず何らかのペナルティがあり、後で困ってしまうことになるのでやらざるを得ないのです。問題は、自分で何かのプロジェクトを推進する時などで、どの選択肢も同じ程度に実現性に乏しい気がする時です。

どのタスクをやっても大した成果が出なさそうに感じる時、脳は何かの決断や選択を拒絶するようです。「やっても無駄かも」と思えるタスクに気持ちよく着手することは案外難しいのです。もちろん悩まずに、その「やっても無駄かも」をひとつひとつ根気強く潰すのが合理的なのですが、そうもいきません。

よく、起業に関する本を読んでいると、たいていはこのフレーズがでてきます。「成功したときのイメージを心に描こう」と。結局「夢」が大切なんですか……と軽視しがちですが、エネルギーが低下してきた時、最後にモノをいうのは自分の中にある「理想」をどれくらい本気でイメージできるかに尽きます。


◆非現実イメージが邪魔をする

非現実化イメージというのは恐ろしいモノです。何かを始める時には周囲から「できるわけないさ」といわれる言葉を背にして奮起するのですが、長期戦になってきて成果が上がっていないと、無意識が「簡単にできるわけないよなあ」に変わってしまいます。信じていない目標に向かって惰性で進むだけです。

自分自身が「現実化を信じていない夢」に向かって歩き続けるのは、ただツライだけです。開業当時の自分自身の気持ちに背を向けて歩き続けられるわけがないのです。事業を動かしていく人に必要なことは、自分の計画をできるだけ多くの人に宣言することだと思います。厳しい相手ほど効果があるでしょう。

中小企業の経営者が組織するコミュニティが存在する理由が、実は私にはよく分かっていなかったのですが、最近になって価値が分かってきたような気がします。それは自分自身の心のあり方を「自分自身に監視させる」モチベーションを得るためではないでしょうか。ごまかして生きていてはいけないのです。

2013年5月12日日曜日

すぐにタスクやりたい病

◆いつやるの?……今でしょ!

何かのタスクをこなしているとき、突如として「ひらめき」が降りてくることがあります。もう、それまでやっていたタスクに比べれば超新星のように光り輝いて、一刻も早く着手しなければ「人生の時間の損失」と思えるほどの魅力です。これ、いつやるんですか!?……と聞かれたらどう答えるべきですか?

さあ、ご一緒に。「今でしょ!」……と。そう、「今」というキーワードはものすごく説得力があります。「過去よりも今」を大事にすべきだし、「未来に繋がっているのが今」だと考えると、うかうかしていられない気分になります。今を無駄にするか有益なモノにするか……それは今の決断次第なのです。

考えれば考えるほど、ものすごい勢いで「やらなくちゃ」という気持ちが高ぶってきます。まるで神様からの啓示を受け取ったかのように、頭の中は使命感でいっぱいです。「なぜこれをやらずにいられようか!」という状況になっているかもしれません。でも、ちょっと落ち着いて待ってみてください。

◆鉄は熱いうちに打たないと

「いやいやいやいや、何を言っているんだ。今、落ち着いて待ってしまったら、今の熱い思いが冷めてしまうじゃないか!」と言いたくなっていることでしょう。その気持ちはよく分かります。人は経過時間とともにやりたいことが変わっていきます。気分が冷めてしまって結果的にできない経験もあります。

実はそこにこそ大きな問題が潜んでいるのです。人間が合理的判断をする上で陥ってしまうのが「最も優先度の高いところから始めよう!」と思うことです。「優先度の高い仕事」をやるのに反論の余地はないでしょう。しかし、問題はこういう心理状態では優先度全体が見えていなくなっていることです。

すぐにやらないといけないタスクのことを「ホットリスト」なんて呼ぶことがあります。さてここで問題です。焼きたてのパンとしばらく置いておいたパンはどちらが熱いでしょうか?……決まり切っていますよね。焼きたてのパンの方が熱いのです。そして「タスクも新しいモノこそ熱い」と思いがちです。

◆タスクの賞味期限を考える

すぐにやらないといけないと思う「危機感」には理由があります。ひとつめは「すぐにやらないと忘れてしまう」という理由で、ふたつめは「やりたいと思う気持ちがしぼんでしまう」ということです。物事は忘れてしまったら実行不可能ですし、また、気持ちが乗らなくなっても進めることが難しいのです。

ひとつめの問題を解決する方法として、「思いついた瞬間にメモを取っておく」という手段があります。そしてこの方法を使うと忘れにくいことも簡単に分かります。それでも焦る理由は「放っておいたらやる気がなくなってしまう」ということです。潜在的にはこちらの理由の方が大きいはずなのです。

しかし、重要だと思えるタスクがたくさんある中で「時間をおいたら重要性が落ちる」タスクを最優先させるべきでしょうか。おそらく違います。逆に「時間をおいても重要性が変わらなかった」タスクを優先すべきです。つまり新鮮なタスクほど時間をおく必要性があるのです。ちゃんと見極めるために。

2012年7月25日水曜日

子供から学ぶこと

私には1歳になる娘がいます。子供がいる人なら、ああそうだよね……と思うかもしれませんが、寝付く前に思いっきりグズることが多いです。特に、今まで遊んでいて、急にグズるようになってきたなと思うと、眠たくなって暴れたり泣いた挙げ句に寝てしまいます。「なんで静かに眠れないんだ?」と大人はつい思いがちですが、ちょっと考えてみました。

眠くなってくると……
(1) なんだか急に楽しくなくなってくる
(2) 体がだるくなったり頭が働かなくなる
(3) 意識が遠くなって周囲の声が聞こえなくなる

(1)と(2)は大人になっても実感できそうです。

最初の(1)は「モチベーション」の持続に関連します。本質的に人間は「強制されること」よりも「自分がやりたいこと」の方が能率的で疲れにくいものです。なぜなら「楽しい」という感覚がエネルギーになるからです。「三度の飯よりも○○が好き」というのもそういうことですね。それにも関わらず、ひどく疲れてくるとどんなに好きなことでも楽しくなくなってしまいます。つまりモチベーションを持続するためには休息が必要だということです。

次に(2)ですが、その人の身体に合わせた休息って大切だなってことです。だんだん成長してくるといろんな感覚が摩耗してきます。疲れてくるといろんな変調を感じるはずなのに、「がんばれそうだ!」なんて朝まで徹夜をしてしまい、挙げ句、「このまま一日いけそうだ!」なんて体験をすることが人生の中で何度かありますが、本質的にはスペックが著しく低下していることに間違いありません。スペック低下の違和感に気づくことは大切です。

最後の(3)については、大人になると意識しにくくなる感覚かもしれません。眠くなるとだんだん他の人の声が意識に届かなくなりますね。しごく当たり前のことです。でも、生まれてからあまりたっていない子供にとっては「眠る」ということは恐怖の対象ではないでしょうか。なぜなら「自分がいなくなってしまう不安」や「ひとりぼっちになってしまう不安」と戦わなくてはいけないからです。

成長するに従って、「しばらく眠ると目が覚める」という事実に慣れていくものですが、そういう経験が十分に蓄積されるまでは毎晩が不安との戦いです。疲れて急速に寝てしまえばいいんですが、中途半端に意識がある状態で徐々に眠りに落ちていく感覚は、とてつもなく怖いものでしょう。基本的に「眠りに落ちていくこと」と「死んでしまうこと」の恐怖は同一線上にあるような気がします。

しかし、ここにも大人が学ぶ点はいくつかあると思います。それは、「自分に与えられた時間は有限であること」なんです。生きていると、ついつい惰性で「明日があるさ」と思ってしまいます。ほとんどの場合は「明日」がやってくるでしょう。しかし、そう思っている人の中で数パーセントは毎日どこかで命を失っています。一度、眠ってしまったら、次に目覚める保証って「実はどこにもない」のです。

子供の頃に「眠るのが怖かった」ことを思い出してみましょう。または「余命宣告をされた自分」を想像してみましょう。ほとんどの人は眠ることが怖くなるんじゃないでしょうか。もちろん悟りを開いた人なら別ですが、やはり「自分がいなくなる」という感覚は大きな不安を伴うと思います。そこで、とても平凡な結論に行き着くのですが、「一日一日を悔いが残らないように生きていきましょう」ということなんです。

自分でも思います。「そんなことは改めて気づかなくても、最初から知っているレベルの話だ」って。でも、知っていても「毎日、人生を味わい尽くして生きていますか?」といわれるとそんなことはないんですよね。「まぁ、味わうほどの人生じゃない」と思ってしまっていたりしませんか。「毎日がイベント……なんて人生はどこに存在しない。日々は平凡なものだ」とか思ってしまっていませんか。

きっと、それは「知っている」けれど「できている」ことではないということです。本質的に命はお金で買えません。気が遠くなるほどのお金を持っていたスティーブ・ジョブスも世を去りました。仮に天寿を全うできるほどの健康な人でも、ある日突然に災害の犠牲になることだってあるんです。さまざまな瞬間で「悔いが残らない」生き方をしていきたいものです。

2012年5月30日水曜日

臨機応変が苦手


一部の発達障害オーナーの人は理解してくれやすいかもしれませんけど、私は「臨機応変」という言葉が苦手です。ハッキリ言えば嫌い。「臨機応変=判断は任せる」という意味だと思いますが、実際のところ「判断しがたい状況」って割とあると思うんですよね。

「臨機応変に対応してください」という言葉が期待している内容を叶えるためには、「依頼人にとってのベストな判断」が何であるのかを知らないといけないんですね。で、その期待を外した行動をとれば、「なんでそんな判断をしたんだ」と文句をつけられます。理不尽この上ない!

また、能力的なハードルもあります。たとえば、完全なメカオンチな人に「機械が異常動作をしたら臨機応変に対応してください」といったとしても、お願いされた人には判断のしようがないんですよ。つまり、「仕組みをしらない人」に「臨機応変」は通用しないんですよね。

そこまで極端でなくても、「臨機応変」には広範な前提知識が必要になることがあります。たとえば、揚げ物の鍋に引火して炎が上がったとき、何も知らなければ水をかけて消そうとする人がいると思います。もちろん、この行動は間違っていて非常に危険です。(逆に火が燃え広がります)

この二つの例はいずれも「臨機応変」を指示した側に大きな問題があります。ひとつには「臨機応変」な対応をする適性がない人に判断責任を委ねてしまっていることで、ふたつには「臨機応変」になるまでの危機管理のガイドラインがないことです。

なんでも「臨機応変」という「魔法の言葉」で安易に片付けてしまっちゃいけないんです。もちろん、全てのケースを列挙することは無理です。どれだけ時間をかけてもそういうマニュアルを作れないし、作れたとしても、読み切った上で全てを暗記することは無理ですよ。だから基礎力が必要なんです。

「臨機応変」とは「基礎的な知識を駆使して」「その状況でベストだと思われる行動」を考えなくてはならないという、極めて高度な仕事を要求しているということなんですね。「臨機応変」という言葉を多用することは、「その人の価値観を予測しろ」ということに他ならないわけで。やはり苦手です。

エスパーではない(そして他人の期待から外れたところに着地しやすい)私としては、「臨機応変」などという「魔法の言葉」よりも、ちゃんとした「ルールブック」が欲しいわけです。ルールブックが無理だとしても、私なりの「臨機応変」に文句をつけるんじゃねー!……と、訴えたいのであります(笑)。

「臨機応変」という言葉を使うとき、よーく心してください。その結果、何が起こっても、それは「臨機応変」といった人に責任があるんですよ。幼稚園の子に「たき火番」をさせて、大火事になったとしても、普通に考えたら子供に責任はないですよね。この場合、もちろん悪いのは大人の判断能力です。

ここまでは誰にでも分かるのに、「臨機応変」という言葉を使うときには忘れてしまうことが多いのは不思議なことです。ええ、本当に不思議です。私もたまにそうですから。「臨機応変」といわれて困った自分の気持ちを忘れず、なるべく「臨機応変」を誰かに押しつけないように気をつけたいと思います。

2012年5月23日水曜日

わが闘争(という妄想)

私はポジティブな人間だと間違われることもあるのだけれど、実は超がつくほどのネガティブ人間という一面もあるんです。だから私がいろんなことに「否定」から入っていくことも少なくないです。そして、だからゆえに、「誰にでも刃向かう」とか「波風を立てる人間」という評価を受けることだらけです。

実際のところ、私はどうにも扱いにくい人間だと思います。特に「支配」という上からの圧力、「常識」という世間の大多数を盾にした力。私はどうもそういう力には逆流するタイプで、いろんなところで毒づいたり、勝手に苦労していたりします。客観的に見れば自業自得としかいえないわけですが。

ただ、私が噛みついて戦っているのは「力」そのものではありません。その先にある人間でもありません。ありきたりな表現になってしまうのですが、行き着く先は「自分自身」なんじゃないかと最近思うんです。「当たり前というあきらめ」に流されやすい自分に対してなのかなと。

だから、刃向かいます。そして批判します。否定します。でも、本質的には自分自身が相手なので、ひたすら自分の中で立場を変えながらディベートします。そのうちに最初に否定していた物事が、自分にとっても受け入れやすかったり、それでも違和感がどこかにあることに気づくことも多かったりします。

もう少し本音で書くと、そりゃ、直接的な相手に「カチン」とくることってあります。その瞬間はあまり理性めいたものはありません(苦笑)。最初の出発点はそこから始まるんですが、徐々に検証に入っていくんです。「相手が立たされた状況は?」とか「本当に自分自身に選択肢はないのか?」とか。

誤解を恐れずに書くと、世の中、たいていのことはお互いに「ずるい」ことをやっていたりします。自分では「私はずるいことや恥ずかしいことは一切やっていない」と認識していても無駄というものです。それは「ずるい」と感じた相手側の立場からしか見えないことだから。

そうやって「ちょっと変だよね?」というポイントに気づく感度を高めていくことは、無駄にはならないと私は思っています。それによって不快に感じる人がでてしまう点は、今後の課題としていずれは改善しなくてはいけないわけですが。それでも立った波風はどこかに役立つような気がします。

ちなみに、私は「自分は清廉潔白だ」と思っている人を信用しないことにしています。そういう人は、自分が犯した過ちや、犠牲にしている人たちの現実を直視できない人だと思うからです。私はというと、泥臭い失敗をたくさんしました。汚れればいいというモノではないのですが、決してきれいな人間ではないんです。でも、だからこそできることがあると思っています。

2009年6月4日木曜日

やらされ仕事

「やらされ仕事」というのは、自分の考え方を変えることによって「やりたい仕事」に変えることができます。すごく前向きに考えると。場合によってはものすごく前向きに考える必要があるけれど。

そういう意味では、ハケンの現場にも仕事として面白かったり、興味を持てる部分というのはけっこうあります。いろんな学びができます。ただ、私にとって「ハケン」という立場は、多くの「大学生」に通じるポジションだと思っています。

・学ぶことは大事だけど、卒業するためにいるということ。
・どれだけ馴染んだとしても、ずっといられないということ。

たとえどれだけその現場が好きになったとしても、登用されることはないはずで、万一、登用されたとしても社内政治で生き抜いていく・・・そういう人生は私には向いていません。私にとっては楽しくないから。

そもそも、私は会社員ではない生き方をしたくて、そのために資金をためたくて、それでハケンをやっているんです。

どうして、こんなコトを今さら書いているのか。

気がついたら私は2年以上もハケンをやっています。3ヶ月ずつ契約を更新をしながら、季節の変わり目を何度も見てきました。

どういう仕事でも「やらされ仕事」から「やりたい仕事」にすることはできます。でも、本当に「やりたい仕事」ではないことをしっかり自覚しないとね。

最近、そんな気持ちでハケン、やってます。

2009年5月24日日曜日

自分が自分でいるために

自分ってのは難しいなぁと思います。
自分が新しい考え方を獲得するためには、古い概念を捨てなきゃいけない。
自分の考え方だけでなく、自分の知らないことは知っている人の助けを求める。
そうしないと、今の自分自身のキャパシティを越えることはできない。

自分と異質の価値観を受け入れることによって得られるパワーは絶大で。
でも、助言者が持つパワーを無批判に受け入れるとそこに自分はなくなる。

自分と異なる価値観、そして知識、経験・・・。
あらゆる意味で自分のそれらを上回る人との出会いやコミュニケーションは大切。
自分が気づいていない点こそ大切なポイント。

でも、そういうことが重なってくると、自分が小さくなっていく気がしてくる。
たぶん、正確には自分の自信が小さくなっていくんだろうと思う。

こんな自分に何ができるんだろう?
この人がやった方がずっとうまくできるんじゃないだろうか?
自分に何か始める資格なんてあるんだろうか・・・なんて。

でも、信じるしかないんだなあ。
自分にしかできないことがきっとあると。
何かを始めようと思わないと何も始まらない。
諦めないでやり続けようとするところに価値があるんだと。

愚鈍でもいいから。
そこしかないんだよなぁ。
自分が自分でいるために。

2009年5月17日日曜日

最近のハケン

最近、ハケンでやってる仕事が楽しいのですよ。実は。
それは、自分が立ち上げてみようと思っているコトに近い仕事だから。

どうやったら、効率よく進めていけるだろう?
どうやったら、効果的なモノになるだろう?

そんなコトを考えていると、仕事時間が楽しくて仕方ないです。

・・・が、最近、夜、眠れない。
眠るべき時間に眠れない。
どうやってサイクルを変えようとしても変わらない。

不調の兆候は睡眠にでるというから、ちょっと気になる。

2009年5月4日月曜日

習慣化

いや、ホント、日記、全然書いてませんでした。
習慣化させないと自分のためにならないんですけど。
いろんな心境の変化を迎えたりとか、いろいろあったわけですが。
でも、当初の計画を何とか実現させようという意志は変わってません。

ところで、ビソク前進すぎてアレなんですけどね。
いろいろと話を進めています。
もう5月。6月末日まであと2ヶ月。

当初、6月30日までと決めていた計画ですが、いろいろな方々のご協力によって地道に前進し始めています。
ただ、行政関連との調整とかも含めて、いろいろと成果が出るのは9月頃になりそうな雲行き。
地道に踏み固めて行かないといけなさそうです。

ただ、それでも、当初決めたノルマの達成を意識していこうと思います。
あと、2ヶ月。

そういや、話は全然変わるけど、最近の金貸し業のCMはなんなんだ?
「返済計画には余裕を持って」
って、そりゃそうなんだけどねぇ。
でも、余裕がないからお金を借りるんだと思うよ。
余裕のある人はお金借りないと思う。

2009年4月21日火曜日

今、もくもくと・・・

これから始めようかな・・・と思っていることと関連深い(と思われる?)サイトを作ってます。
とても地味ですが、少しずつ原稿が集まってきました。
(そうは言っても全部自分で書いているんですが・・・)

そんなわけで、ブログの方が止まってしまってます。
誰も気にしちゃいねーだろ・・・という感じなんですが・・・。
ですが・・・。

いけませんね。
なるべくちゃんと書こうと思います。
それにしても、4/29には突然、舞台で寸劇に立つことになりそうで。
あと一週間もないのに、そして台詞もまだ決まってない・・・と。

仲間も含めて、度胸が据わっているというか、ムチャクチャというか。

あ、そういえば、今日、ハケンの仕事の中でのひと幕。
「7月のこの頃だと余裕があるとはずなので、この作業をお願いします」

せめて、9月には独り立ちできるように準備を進めたいものです。

2009年3月27日金曜日

ポジティブに

逃げずにポジティブ・・・。
うーん、自分のダメダメぶりが最高潮です。最近。
やっぱり、記録は短くても毎日続けた方がいいのかな・・・と心が揺れる。

誘惑とか堕落とか、そういうのに弱いんですよ。特に私は。
ほとんど見なかったテレビを観る時間が知らず知らずに増えていた。

「仕事に差し支えるから」と中断したブログの毎日更新。
日によって在宅時間が少ないこともあって、やはり毎日は難しい。
・・・けど、やっぱり習慣的に記録を付けていこうと思いました。

ブログによる公開記録(誰も見ていなくっても)をやめるとだらける。
思わず「やっぱり、オレは、だめだだめだ・・・」となりそうになる。

そっちのがだめだよね。
「自分にはできない」という自己暗示は避けたいよ。
自己暗示には絶大な効果があることも分かってるんだから。

現実から目を背けることなく、ポジティブに考えなくちゃいけないな。
これが難しかったりもする。「ポジティブ=現実逃避」となると最悪だ。

まず、現時点での自分に対する判断は避けて、まずはすべきことをする。
そこに立ち戻ろう。