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2012年8月1日水曜日

生きがい

私は千葉の就労移行支援事業所でITコースの講師をしています。受講者の中には認知機能が大幅に低下していて、パソコンに触れること、コミュニケーションをとること、気持ちを表現すること……が難しくなっている人たちもいます。正直、「教えたって無理だろう」といわれたこともあります。

でも、私は続けてきました。気がついてみると、始めてから2年を過ぎています。そんな中で「私の実績ってどの程度なのだろう」と自問自答することも少なくはありません。うまくいくことばかりではありませんでした。冒険的かつ挑戦的な試みの末に、受講生の大半から総スカンの嵐を食ったこともあります。

私は『IT』を通じて、(1)どんな仕事であってもITを利用して効率的にラクになれるように。(2)就職先としてのITという選択肢を増やせるように。……という可能性を開きたいと考えていました。つまり、ITを目指さない場合でも、何かひとつ、人生を楽しく生きていけるものを発見してほしいと思っていました。

すべての人たちが(2)に進むわけではなく、(1)の段階で去って行く人も多くいます。「去って行く」というのは、就職が決まって去って行く人もいますし、「ITは無理なんだな」と感じて去って行く人もいます。冷たいと思われそうですが、私は基本的に「去る者を追わず」というポリシーを持っています。

なぜかというと、あくまでも「選択するのは本人であるべき」という信念を持っているからです。続けることも去って行くことも「自分の意志で決める」という価値観に重きを置いているからです。そうは言っても、やはりふとした時に思うことがあります。「私を信じて時間を費やした人を失望させたかもしれない」と。

最近、千葉の乗降駅で、たまたまかつての受講者に会うことがありました。彼はYさん。たしか、受講してくれていた当時はかなり具合が悪く、会話もとてもゆっくりで、ひとつずつ時間をかけるタイプの人でした。分かりやすく表現すれば、徹夜を二日続けて疲労困憊した時のコンディションと言えば伝わるでしょうか。

「ああ!松下先生!お久しぶりです!」

ところが、駅でばったり出会ったYさんは、当時の彼とは見分けがつかないくらいに認知機能がはっきりとしていました。いや、過去を知らなければどこにでもいる若者です。不調に苦しんだことのある人だとは思えないほどです。Yさんの活発な声を聞いたのは実は初めてでした。

私は、そこで、私自身が抱えていたモヤモヤに対する答えのひとつを聞いたような気がします。

「松下先生のおかげで今の自分があると思っています。」
「諦めそうになっていた自分たちに本気で情熱をかけてくれました。」
「松下先生に認めてもらえるほどITはできませんでしたが勇気をもらいました。」
「自分たちの可能性をあそこまで信じてくれたのは本当に嬉しかったです。」

かつてのYさんでは考えられないほど、矢継ぎ早に「当時の思い」を語ってくれました。家路を急ぐ人たちが行き交う暮れなずむ駅前、私は感謝の気持ちでいっぱいでした。当時のYさんは、コミュニケーションを取るだけでも大変な体調だったこともあり、私はYさんの気持ちを聞けないままだったのです。

正直なところ、私は長いこと不安を抱えていました。私の言葉は認知機能の低下で困っている人たちに、どこまで届いているのだろうか……。ただ、ツライだけのことをやっているのではないか……。ITに進まなかった人たちは「切り捨てられた」ように思っているのではないか……と。

私が彼らに投げかけた言葉の返事を一年後にやっと聞くことができました。まるでタイムカプセルを開けたような不思議な感覚です。「私の言葉は確実にしっかりと心に届いていたんだ!」と思うと嬉しくて仕方がありません。そして、Yさんからいただいた言葉は私の心に火をつけました。

「これからも『即戦力ITコース』で希望をなくした人に勇気を与え続けてください!」

……そうか。ITだけじゃなくて、そういうことも伝わっていたんだ。むしろ、IT以上に大事なことなのかもしれないなあ……と思いつつ、私自身、希望を捨てずにチャレンジしてよかったと思える、ある日の夕方でした。

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