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2010年5月25日火曜日

ハンディキャップを楽しむ

障碍者、健常者。この「健常者」という言葉がよく分からない。学校やら会社やらを見渡してみると、メガネとかコンタクトレンズを着用している人は多い。その中には視力0.04とか、ほとんど見えてないんじゃないかという人もいるくらいだ。それでも健常者というくくりで生活している人は多い。

他にも、外見から分からないことも多い。たとえば聴覚。おおむねのことが把握できれば、多少聞こえづらいな・・・ということがあっても、日常生活は十分にやっていける。他にも肝臓がよくない人もいれば、心臓に疾患を持っている人もいる。そして精神疾患などもそうだ。

新宿の交差点を忙しく行き交う人々は、一見、健常者ばかりに見える。なぜなら、外見からわかりやすい目印をつけた人があまりいないからだ。目印というのは、たとえば杖だったり、車いすだったり、盲導犬だとか。でも、目印のない人の中にも健常者ではない人も実は多い。ただ単に自分から言う必要がないから言わないだけだ。

それにしても、メガネやコンタクトレンズという矯正具を装着している「プチ視覚障碍者」は多いのに、社会的な区別を受けづらいのが不思議だ。いや、むしろ世の中に多いからこそ区別されづらいのか。

逆に仮にこの世界の9割以上が全盲の人々だったとしたら、社会は普通に点字文化になるのだろう。そしておそらく「視覚障碍」という言葉は存在しないはずだ。逆に目が見える少数派の人々は「霊能者」のように異端者扱いされていても不思議ではない。その世界では見えない人の方が当たり前なのだから。

つまり、「少数派=障碍者」という乱暴な結論もありえるのかもしれない。

厳密に調べたわけではないが「障碍者」を定義するとき、
 ・特定の身体機能における検査結果が標準領域外だった場合
 ・身体機能により日常生活または就業において支障をきたす場合

という条件があるように思う。

私自身について考えてみる。まず左目の視力が弱い。小学生の時、左目の視力を矯正させるために、右目にアイパッチというバンドエイドみたいなモノを貼り付けて生活をしていた。視力のいい右目だけを使わないようにという矯正訓練だったわけだが、これは純粋かつ残酷な子供だった同級生からイジメられる原因にもなった。

視力以外となると、たとえば若いときに比べて肝臓の数値がかなり高くなってしまっていること、さらに内臓脂肪が増大していて生活習慣病すら疑われること。

他にも、たいしたことのないシーンにおいても極度の緊張状態に追い込まれやすく、話をしているだけで息が詰まってきてしまい、うまく話せなくなってくることもある。さらに話が熱を帯びてくると、話の前後のつながりとかが不明になってしまい、最終的に何が言いたいのか忘れてしまったりもすることもある。

それ以外だと、人の顔を覚えることが極端に苦手だ。一度や二度くらい会っただけでは名前と顔が一致しない。街中で以前お会いしていた方に声をかけられても、誰だか思い出せないことの方が多い。必死にその場を取り繕いながら思い出そうとすることもたびたびあった。

ここまでざっと考えついただけでも「健常」ではない。ただ、だからといって「障碍」の領域で生活をしているわけでもない。なぜなら「日常生活または就業において」支障が出ないような工夫をしているからだ。これは社会人として、ITエンジニアとして生きるための工夫でもあった。

たとえば、名刺交換をした人の顔を覚えられないとき、あとでこっそりと名刺に似顔絵や顔の特徴を書いたりした。最近では事情を打ち明けて携帯カメラで写真を撮らせていただくこともある。実際、週に1~2回しか会えない「即戦力ITコース」の受講生の何人かにも写真を撮らせていただいた。

この顔写真と名前を一緒にして、1週間に何度かそれを眺めていれば、さすがに顔と名前は覚えてくるものだ。ちなみに顔写真を撮らなかった受講生の方は、やはり顔と名前がなかなか一致しなかった。だから、この記憶に関する工夫は私にとって絶大な効果があったことになる。

それ以外にも記憶力の弱さや、精神的な揺らぎをコントロールするために数多く工夫をして生きてきた。私にとって自分に一番合った改善手段を考えることは楽しいことだ。自分の欠点を工夫によって苦労を減らすことができるからだ。特に私はITを利用して自分の機能不足を補ってきた。

世の中にはいろいろな障碍がある。そんな中で私なりに認識している機能不足を「ハンディキャップ」と呼んでいいかどうか正直なところ分からない。しかし、私はその機能不足を補うためのアイデアを考えるたびにワクワクしている。なぜなら、まるで自分自身をバージョンアップして機能向上しているような気がするからだ。

障碍であるかどうかはともかくとして、自分の機能不足を補うアイデアは生きる知恵だ。それを考えることを楽しむ生き方ができれば、人生はもっと実りのある豊かなものになるんじゃないかと思う。機能不足を嘆いていても前には進まないのだから。

2010年4月16日金曜日

動いて見えたこと

今さらの内容ではあるのだけど、2010年2月23日、個人事業主として開業届を提出した。あっけないほど簡単に受理された。どうやったら受理してもらえるのか・・・なんていろいろ考えたものだったけれど、とりあえずとんでもない内容でない限り受理されるものらしい。

「ハケンをやめて、やりたいことを始めるんだ!」と決心してから、実際に辞めるまでには勇気も必要だったし、それなりに時間もかかった。まぁ、そうはいってもこのブログを始めたのが2009年の1月。そういう意味では「有言不実行」にならずによかったなあ・・・と思う。

個人的にはいろいろと怖い思いをしながらも独立したわけで、本当にやっていけるのかどうかも分からなかった。実際のところ今でもどうだか分からない部分はある。ただ、自分の気のせいかもしれないが「絵に描いた餅」をリアルに語れるようになってきたなあと思う。

ひとつには、リスクをとって「やってみないと分からないこと」って、けっこうあるということなのだろう。実際にやったことのない話には「体験」がない。だから、それに対して語ろうとしても、どこかがウソになってしまう。

でも、今は違う。実際に行動してみて、その経験からいろんなことを語ることができる。今の経験を基にして「実際にやってみると○○という感じだ。だから、その延長上として○○になるんじゃないだろうか?」と考えることができる。

自分自身が体験している「リアル」の上に積み重ねた「イメージ」には重みが宿るのかもしれない。その重みのおかげで自信を持ってイメージを語ることができる。自信があるからこそ堂々としていられる。

2009の1月にハケン生活にピリオドを打つ決心をして16ヶ月。意外に時間がかかった印象はある。でも、そのときに比べて未来がだいぶ開けてきたような気がする。夢に協力してくれる人にもたくさん出会えた。

我ながら冒険的な生き方を選んでしまったものだと思う。ハケンの頃は、ハケン契約が継続する限りは出社すれば確実に収入が保証されていた。別に仕事を探さなくても、どこからか勝手に仕事が降ってくる職場だったので、あらゆる意味で楽だったといえたと思う。

でも、かなり早い時期にそれは飽きた。魅力も大して感じなかった。もちろんそこそこ安定した収入というのは嬉しかったのだけど、ハケンという時点で「まやかしの安定」ということも分かっていたし、何よりも生きている実感がなかった。

餌のように仕事を与えられ、餌のように給料をもらう。でもその餌がなぜ貰えるのか理由が分かりづらい生活は嬉しくなかった。もちろんそうは言っても生活はしなくてはならないので、それはそれで感謝しているけれど。

今は収入はともかくとしても(かなり状況は改善されてきた!)、自分がやりたいこと、目指すこと、頭に思い描いた夢を追いかける日々は充実している。何よりも生きている実感を感じられる点で大きな幸せだ。

生きていてよかった!
そんなふうに思える日々を送れることに感謝!

2010年3月3日水曜日

実は優しくない

「精神障碍の当事者向けにITコースの講義をしています」とか言うと「優しいんですね」なんて言われる。でも、本当はけっして優しくない。基本的に「自分から何かを学ぼうと思ってなさそうな人」をすくい上げようとする気はない。だから、どれだけやる気がなさそうでも私は決して怒らない。怒っても無駄だし。

とはいえ、基本的にそんな受講生は私のコースに一人もいない。なぜなら講義に参加してくれているだけで「やる気あり」と私は考えているからだ。特に今の時期はずいぶんと冷え込んできている。講義のために外出するだけでも十分にすばらしいことだと思っている。

誰にだって「気分的に乗らない」ということはある。でも、そこを怒っちゃダメだ。そもそも私自身もけっして聖人君子ではないわけで、「気分的に乗らない」という状況をたくさん経験してきた。そして実はそういう時が一番ツライということも知っている。

「やったほうがいいに決まっている」と頭で思いながらも、気持ちがついてこないのって正直シンドイ。体力も気力も時間も無駄に消耗してしまう。でも、そういう時のために私がいるのだと思う。なぜなら私もそういう状況に陥る自分自身にずいぶん手を焼いてきたからだ。

だからこそ、私にしか私の講義はできないという自信がある。欠点だらけでコンプレックスの塊と言ってもいいくらいの私が、なんとかITエンジニアとして生き延びてこられたのだから。メンタルを維持したり誤魔化したりする技術というものはやはり必要だ。

メンタル面の維持のノウハウも含めて、私の「即戦力ITコース」ではとことんフォローしていく。ただし、講義に来なくなってしまった人を呼び戻す努力は一切しないことに決めている。そこが私の講義の厳しい面といえるだろう。

なぜならこちらも本気なのだ。申し訳ないのだが、本気で参加している受講生以外に使う無駄な時間はない。「来る者を拒まず、去る者を追わず」というポリシーは守っていきたい。だから、その一方で「一度は挫折しちゃったけど、もう一度がんばってみたい」という人も拒まない。

挫折なんて気にしなくていいのだから。挫折してもあきらめなければチャレンジの機会は何度でもある。私自身、挫折の多い人生を歩んできた。実際のところ、私という人間は「中途半端」で「いい加減」で「根性なし」と思えることをたくさんやってきた。

数多くの自己嫌悪を乗り越えたり、踏みつぶしたり、誤魔化したりして生きてきた側面もたくさんある。でも、そういう点を飲み込めるようになって、「うまいこと」生きていけることもあるんだと思う。いきなり100点を取ろうと考えちゃうから生きるのが辛くなっちゃう人もいるんだろうと思う。生きるためには「自分に甘く考える」スキルが必要だ。

でも、そういうのはある程度の「厳しさ」の中でないと身につけられない。必要だからこそ身につくのだ。厳しさの中で自分のココロを守るため非常手段としてのスキルだと思う。だから、厳しくもない状態なのにいつも「自分に甘く考える」のは単なる世間知らずの馬鹿者だ。

福祉的な就労支援って、どうしても必要以上に当事者を「いいこいいこ」してしまいやすい。でも、社会の厳しさに無防備で送り出してはいけないと私は思う。社会に出してから厳しさを初めて体験させるのは残酷だと思う。

2010年2月17日水曜日

幸せになれる人

なんだか各駅停車が苦手だ。状況が許すならできる限り特急に乗りたい。それがダメなら急行。それもダメなら準急。それもダメなら快速。もちろん中央線なら特快だ。エレベーターでも次から次へと人が乗り込んでくると、各駅停車状態になってしまい残念な気分になる。

なんでかなあ・・・と考え続けて数年。ふと謎が解けた。ここまでの人生(これからもかもしれないけれど)が回り道ばかりだったからだと思う。各駅停車の人生というか、一足飛びの局面がほとんどないまま地味に生きてきた。だから、せめて移動手段くらいは派手にすっ飛ばしていきたいのだと思う。

移動手段と言えば、遠くに行くために昔は夜行列車があり、その後、新幹線ができた。十数年後にはリニアモーターカーが営業運転にこぎ着けるかもしれない。ただ、リニアモーターカーにまでなると走行区間のほとんどが地中なんだそうだ。できるだけ直線を多くするためには仕方のないことなんだろう。

東京駅を出て、車窓のない空間で数十分を過ごすとすぐに大阪。スピード的にはものすごいことだけど、車窓が見えないということは速度を視覚的に体感できないということか。途中の景色を楽しむことなく目的地に着いてしまうわけだ。それはそれで残念な気がする。

これを人生に置き換えるとどうなるんだろう。たとえばよくある夢。生活を回すためだけに必死に働くのではなく、生活するだけなら十分に余裕のある資金を持ちながら、充実のために社会の役に立つ事業を継続していく人生。豊かな人間関係を保ちながら、余暇をのびのびと送る人生。

これが人生の目標だったとして、一瞬で夢が叶ってしまったらどうするんだろう・・・と考えてみた。「各駅停車で苦労してこそ夢実現のありがたみが分かるものだ」なんて、つい、きれい事を言ってしまいたくなる自分がいる。・・・が、そんなことはない。夢が叶うスピードは早ければ早いほどいいと思っている。

しかし、夢が叶うスピードが自分自身の実力を越えてしまうと、きっと人生が破綻しちゃうだろうな・・・とも思う。正しい方向性を持たない「権力」「財力」「腕力」「知力」は凶器になる。宝くじで何億円当たると不幸になるという話も、実力以上の財力が転がり込んできた結果なのかもしれない。

私は人生肯定派だ。昔は違ったが、今は自分の人生をできる限り肯定して生きていたいと考えている。否定したところで幸せな気分になれないからだ。そういう意味で「各駅停車人生」は自分にとって歯がゆくもあるが、自分にとって最適なペースで進んでいるのではないかと考えることにしている。

きっと、今の自分が10億円をつかんだとしても、正しい使い道なんて分からないだろうと思う。いきなり社会を変えるくらいの権力を持ったとしても、脳みそが空転して何もできないか、不勉強によって世の中を乱すだけかもしれない。苦労を知らない2世議員もそんなところだろう。きっと地道に自分の器を大きく育てていくしかないのだ。

ただ、自分の器を育てるなんて書きつつも、私は社会のために戦おうなんてこれっぽっちも思っちゃいない。器が小さいと思われようが、少なくとも今の私が欲するスタイルではない。「社会起業家」だなんて気恥ずかしくて絶対に名乗りたくないし、そもそもそんなことをやりたいとも思わない。

私がやりたいこと。それは、せいぜい私が知っている人たちが、幸せな日々を実感できるように手伝いたいくらいのことだ。昔の自分は人生を後ろ向きにしか考えられなかった。自分の未来は暗いモノになると心から信じ込んでいた。あばら屋で寂しく孤独に死んでいくストーリーだけを頭に描いていた。

医者の診断を受けたことがないので何ともいえないが、もしかすると私は鬱病だったのかもしれない。安易に自分自身で判断してはいけないのかもしれないが、少なくとも今の自分は限りなくニュートラルな状態だと思う。いろんな心の嵐を乗り越えて今の私にたどり着いている。

幸せに舞い上がることもないが、身を削るような不幸に沈み込むこともない。もちろん感情を捨てたわけではないわけで、喜ぶことも悲しむことも人並みにある。ただ、昔に比べて感情の制御ができるようになったような気がする。悲しいことがあっても、どこかのタイミングで「はい、悲しいのはここまで!」と区切れる感じだ。

・・・と書くと聞こえはいいが、「どこかのタイミング」までひたすらウジウジすることだってある。ただ、「悲しみ」の感情をずっと持ち続けていて何かが好転することって基本的にない。むしろ自分の中で「悲しみスパイラル」の中にはまり込んでしまって脱出が難しくなるばかりだ。勇気を持って自分自身を蹴飛ばさないといけない。

一度、マイナスの淵に落ち込んでしまうと、そこから這い上がるために必要なエネルギーは並大抵ではない。自分自身で早めの対策が必要なのだ。大人になれば自分を助けてくれるのは自分しかいない。他の誰かが支えてくれるにしても、立ち直るために必要な本質的な要素は「自分自身」以外にない。

もう、繰り返したくないのだ。自分の不幸な未来を妄想するために無駄な時間を費やしたくないのだ。そうであるなら、深く落ち込む前に自分自身を立て直すノウハウは特に重要だ。深くはまりこんでしまった時に、どうやって回復していくのかという自分なりの技術も非常に大事だ。

私は特別に能力が高いわけではない。むしろ記憶力について言えばかなり低めだと思う。人の顔なんて三回くらい会わないと覚えられない。その上、長いこと悲観的主義で生きてきた。そんな私がどうにかITエンジニアとしてやってこられたのは、一言で言うと運がよかったんだろう。

そうは言っても、おそらく運以外の要素として、私自身が必要に迫られて編み出した「工夫」がきいた部分もあったんじゃないかなと思う。もしそうならば、たとえば一次的または二次的に鬱病を発症している人たちに、その「工夫」を伝えることができたらどうなるんだろうと考えた。

そして、私がたどってきた道筋や考え方を伝えることができたなら、少なくとも今の私が立っている場所くらいまでに導けるんじゃないかな・・・というところに行き着いた。今の私の立っている場所が「すごい」などと自慢するつもりはないが、少なくとも悲観的だった時期に比べれば間違いなく天国だ。

医療的なアプローチももちろん重要だが、ただ一点、医療的アプローチだけでは「精神疾患という自己定義」という罠にはまってしまう怖さも感じる。明らかに私が低調だった時期、もしも医者に「精神疾患」と判定されていたとしたら、今とは違う人生を歩んでいたかもしれない。「病気だからいろいろ無理」という人生に落ち着いていたかもしれない。

もちろん、別にすべての当事者がそうだとは思っていない。しかし医師だって人間だし、ましてや「目に見えない心」を診断するのだ。「正確に診断してくれ」と頼んだところで、それはたぶん無理な注文だろう。ただ、かつての私と同じ状態で「精神疾患」と診断された人がいるのだとすれば、そこに人生を変えていけるチャンスが十分にあると信じている。

私は精神疾患の知識については素人だ。むしろ素人でいいと思っている。玄人が「現在までに分かっているノウハウの範囲内で活動する」とするならば、私はそのノウハウの外側を攻めていきたい。病気だどうだ・・・という前に、単なる一人の人間として全力を尽くしたいのだ。

そして、これだけは断言できる。「もしかすると自分にもできるかもしれない!」とか「これから自分は変わっていけるかもしれない!」という実感、もしくは予感を体験すること。これこそが闇に閉ざされた世界に蒔くことができる希望の種だと思う。私は精神疾患の病名にあまりこだわらず、希望の種をばらまくことだけに専念するつもりだ。

「ま、自分だけ鼻息荒くしてがんばってもさ。やっぱりアレでしょ?」

・・・と、侮るなかれ。講義を始めてからまだ3ヶ月。目に見える変化が出てきた人も数名ほどちらほら。無表情だった受講生の顔に活気ある笑顔が見えるようになってきた。言葉にも少しずつ積極性が浮き上がってきた。何より「自分で何かを成し遂げよう」という意識が明らかに生まれてきた。

それだけじゃない。仲間で力を合わせて困難に立ち向かおうと組織的に動くようにもなってきた。たぶん、彼らは彼らなりの「幸せ」にたどり着くはずだ。幸せは歩いてこないが、自分から動き始めた人は確実に幸せに近づいているのだから。あきらめずに勇気を出して動いてさえいれば大丈夫だ。

せっかくだから、みんなで楽しく生きていこう!

2010年2月11日木曜日

差別禁止反対?

書くべきかどうか迷ったのだが、実は私は「差別感」の多い人間だ。これは間違いなく自覚している。私はいろんなことを差別している。「差別」ではなく「区別」でもいい。どっちでもいい。

そして、「差別禁止」という言葉に違和感を感じてもいる。国によっては「差別禁止法」なるものもあるのだとか。しかし「差別」があるから「差別禁止」なわけで、逆に「差別禁止」と言っている間は「差別」が存在するわけだ。

それはさておき、私は区別やら差別をしてしまう人間だ。それは私の選んできた道が「理系」ということもひとつの要因だと思うし、子供の頃にイジメにあった経験があることも要因だと思う。

理系は「定量的に何かがどのように違うから、得られる結果がこのように変わる」という習慣の上で生活している。また実際にイジメに遭ってみれば「みんな平等」という言葉は白々しいだけで、心に響かなくもなる。

「ほんとうに『みんな平等』だとするならば、僕はいじめられないはずだ。おそらく何かが違っているからこそ、こんな目に遭っているんじゃないか?」・・・とイジメられっ子が発想することは許されないことだろうか。

「イジメられる人とイジメられない人の『差』ってなんだろう?」と幼少期に考え続けて成長すると、「区別」とか「差別」をベースとする推論方法が、知らず知らずのうちに思考の一部になってしまうような気がする。

「差別」やら「区別」やらをされた経験がある人ほど「区別」やら「差別」やらという言葉が心に刺さっているように思う。そして過剰反応もしやすいような気がする。

しかし、「区別」とか「差別」というのは本質的に消えないものではないかと思う。言葉遊びに見えるかもしれないが、「区分け」とか「差」というのは必ずあるのだから。

たとえば「自分は男だ」という場合、そこには必ず「女」という対象を暗黙的に意識しているはずだ。自分以外の「その他」という概念があってはじめて、自分を認識することができるのだから。

その上で「女は平均的に男よりも力持ちが少ない」という事実があるわけで、これが私にとっての「区別」だったり「差別」だったりする。その延長線上に「だから力仕事で男は女を気遣いましょう」という自然な流れができたりする。

ただ、そこで間違って「だから女は男より劣っている」という優劣論に向かうと、いわゆる一般的な「男女差別」とか「女性蔑視」になってしまう。本当は事実としての「区別」や「差別」があって、そこからどう考えるかが大切なだけだと思う。男女のどちらも必要なのだから。

焦点が優劣論の次元に発展さえしなければ、ありのままの「区別」や「差別」は存在していいのではないか。そこに無理な圧力をかけて「差別禁止」と押さえつける動きはかえってよくないと私は思う。

差別を禁止するのではなく、「差」だとか「違い」を受け入れること。その上でどのように良好な関係性を築いていくのか・・・という観点があってもいいのではないだろうか。「差」というとマイナスイメージで、「個性」というとプラスイメージになるのだから、言葉遊びというのはまったくもって不思議だ。

ともかく、やみくもに「差別禁止!」と叫んで、相手を思考停止状態に陥らせてはつまらないと思う。そんなことでは「どこがどう違うんだろう。どうしてなんだろう。どうすればいいんだろう。」という発展的な方向に進めない。

「差別禁止」という一言には、「臭いものにはふた」という側面があるような気がしてならない。「差別禁止」と拳を振り上げれば振り上げるほど、見えざる溝は深く離れていくのではないか。

相手を真っ正面から見ないで相手を認めることって実は難しい。「差別しちゃいけない」という強迫観念を感じながら、窮屈な姿勢で接するのはどこかウソくさい。そうかといって無視をするのもどうかと思う。

そういう息苦しさが漂ってしまうと、むしろその相手から心理的距離を遠ざける原因になったりもする。だからこそ相手をちゃんと見て、障碍部分もひっくるめて人格を認める段階が必要なのだと思う。少なくとも私はそう思う。

障碍を持っていて、むちゃくちゃ楽しい人を私はたくさん知っている。たいていそういう人は障碍についても開けっぴろげだ。そこには「障碍を見て見ぬふりをする」息苦しさはない。「差」を理解した上でつきあえれば逆に気楽につきあえるものだと、つくづく思う。

で、私は楽しくつきあえる人たちと、そうでない人たちを「差別」している。健常者であろうが、障碍者であろうが関係ない。私が「差別」といっているのは、私にとっての「カテゴライズ」に過ぎないのだから。

みんな、「差別」ってやってると思うよ。「友達になれる人」と「友達になれない人」・・・みたいに。他にも「あの人は信用できない」とか「この人は信用できる」とか・・・それなりにみんな「差別」とか「区別」をしていると思う。

もうちょっと踏み込んでみれば、「人類みな平等」なんて言いながらも恋人やら伴侶はお一人様限定だ。告白されても断らなきゃいけない人もいる。これだって「区別」とか「差別」だ。(これを断らないでトラブルを起こす人もいるわけだけど!)

きれい事を排除するなら、誰しも「差別」やら「区別」をしている中で、「差別禁止」ありきのアプローチは個人的には好きじゃない。なんだかわざとらしくて。

ただ、そうはいっても世の中広い。法律で縛らなければ分からない人もいる。そういう人には「差別禁止法」のような強制力はやはり必要なのだろう。理想と現実にはこういうところに溝がある。

2010年2月3日水曜日

決断とか責任とか

そりゃやっぱり、かっこいいコトばかりじゃないなと。私が気合いを入れまくっている「即戦力ITコース」でついにクレームが発生。スピードが速すぎるということ、そしてプレッシャーが強すぎるという理由で、受講生の精神的な負荷がついに限界を超えてしまったようだ。

そんなわけで向精神薬の量が増えたり、アルバイトを休んでしまう受講生が続出。この事態を受け急遽、先週の講義では展開をスピードダウンさせた上に、なぜ、そこまで講義の展開が早かったのかを説明した。今までは実習による「実践」に重きをおいていたが、この日は「座学」にシフト。

私には二つの想いがある。ひとつは精神疾患の当事者に歩み寄ったストレスの少ない環境の構築。一方では「お花畑」ではない「本気モード」を当事者に知ってもらうことだ。つまり、職場環境を彼らに近づける方向性と、彼らを既存の職場環境に近づける方向性。

その二つの方向性は、既存の職場環境にとっては「ハードルをギリギリまで下げる」ということであり、当事者にとっては「ハードルをギリギリまで上げる」ということでもある。見極めはとても難しいことだが、この「ギリギリ」の境界線を「さらに少しだけ下げたところ」がこれからの低ストレス環境の領域になるんだと思う。

ある種の福祉業界(もちろん全てとはいわない)はこのあたりのさじ加減がへたくそだと思う。つい「いいこいいこ」ばっかりしてしまいがちな気がする。本当はもっと上にいけるのに「ここが限界」と周囲が勝手に決めつけて、レベルを固定してしまう傾向があるような気がする。

私は違うと思う。多少のリスクを負ってもその人の限界を見極めるべきだ。どんな人の人生にも一度くらい「一か八かの大ピンチ」という局面があるはずだ。もちろんピンチは少ない方がいいだろうが、ピンチを乗り越えた時に対応力が成長することも多い。

私はこの「即戦力ITコース」を開講した時、覚悟したことがある。それは「当事者の可能性を真剣に信じよう」ということだ。可能性を信じるということは、場合によっては限界を確認するためにリスクを冒すことも辞さないという覚悟が必要だと思う。

それにしても前回の講義で実施した試みは、あまりにドラスティックすぎてインパクトが強かったようだ。何を実施したのかという話は、適切な着地点が見つかるまではリスクが高いこともあって、まだ具体的にここには書けない。いつかここに書きたいと思う。

ともかく反響が強すぎたこともあり、1/29の講義はかなり人数が減るだろうと考えていた。実際にいつもの皆勤組の中でも不参加者が目立った。それでもパソコンが足りなくなる程度の受講生が集まってくれた。あれだけ大変な目にあったにも関わらず、それでもまだ私を信じてくれている。

集まってくれた受講生たちに本気で感謝した。そして大きな不安もあるだろう中で、私の講義に送り出してくれたご親族の方々にも感謝するばかりだ。私にできる限りの何もかもを出し尽くすくらいの気持ちで、今後も「即戦力ITコース」を続けていきたい。

私は彼らと「一緒に幸せのゴールを目指す同志」という対等な立場として、彼らには大きな借りがあると思っている。彼らが苦しんだ分だけ、私には彼らを幸せな結論に導く義務と責任がある。

まあ、「幸せのゴール」なんていったって、私は宗教家でも教祖でもない。「幸せ」なんてのは、ひとりひとりが自分の責任でしっかり持っておくべきだ。そのために「夢」を描いてもらったわけで、私にできることは、その「夢」を叶えるために何をすべきかを考え、それを伝え、一緒に伴走することだけだ。

よく、私の講義は「無茶だ」と言われる。「無茶」を承知でやっているのだから仕方がない。あのね・・・今まで常識の中でやってきて、それでも就労状況が好転していないのだ。

そうであるならば常識に縛られる必要なんぞどこにもない。非常識でもいいから前に進むことだ。まずはそれが大事だと思う。

2010年1月21日木曜日

スキルとコスト

今年に入ってからいろいろと忙しく、すっかりブログの更新をご無沙汰してしまった。特に2月中旬以降からは自分でお金を引っ張らなくては生きていけない。そのために試験的な業務を請け負ったり、人に会うための時間に充てたりしていて、例年よりもいくらかバタバタ気味だ。

幸いにも私が持っているスキルは、IT関連一般の広範な知識と経験だ。もちろんその中でも特定のスキルに特化した人にはかなわない。これは認識している。しかし、ごく少人数から何かを始めようとした時、広範な知識と経験は何よりも力になる。自分のできないことのために第三者を探さなくてもいいからだ。

もちろん、規模を大きくするためには第三者の力は必要不可欠だし、自分とは異なる視点を持つ第三者が加われば相乗効果で広がる可能性があることも十分承知だ。しかし、資金がない時に人を集めることに腐心するよりも、まずは自分で事業のプロトタイプを作れることは大きなアドバンテージになる。

たとえば、私は「自動化」という分野に人並みならぬ思い入れがある。人間が何かの作業をする時の思考をトレースし、それをロジック化してマシンに埋め込む。もちろん人間が行う作業のすべてをマシンに委ねることはできないが、かなりの部分をアシストできる。そのシステム構築を私はひとりでできる。

そのために必要なものはロジックを走らせるマシン、そしてそれらを稼働させるための電力やネットワークなどのインフラがあれば済む。在庫ととして必要なのは新たな知識くらいのものだ。それすら最近ではネットワーク経由でいくらでも獲得することができる。

つまり元手がほとんどかからずに何かを作り上げることができるスキルなのだ。そして、個人情報や秘匿情報のように削除の責任が伴うもの以外は、基本的に電子データだから何もなくならない。ただただ蓄積されていくのみだ。蓄積された成果物は、さらに次の成果物を生み出すためのコストを下げる。

私が精神障碍の世界でITエンジニアを育てようと思うのは、そこに理由がある。システム構築とかロジック実装というのは、上手にやれば本来はどんどんラクになっていく仕事のはずだ。精神障碍は「一般的に」長時間の就労が難しいと言われている。確かにそういう一面はあるかもしれない。

ただ、私だって「勤労時間8時間」と言われれば、できればそれ以上働きたくないタイプの人間だ。ましてや30半ばを越えたハケン仕事なんぞに時間をかけたくはない。どれだけがんばろうが上が見えてこないのだから。ご褒美といえば「契約期間の継続」くらいのものだ。

もちろんそのご褒美の恩恵は計り知れないが、だからといって「65歳までハケンができるのか?」と考えてみれば自明の理だろう。ハケンというのはよっぽどの事情がない限りは、いつか自分から降りなくてはいけないレールだと思う。長く走れば走るほど降りるのが難しくなり、同時に、突然レールを外されるリスクも増えていくのだから。

勤労時間の話に戻そう。私だってハケンなら8時間以上は働きたくない。いや、ハケンだけでなく正社員であっても8時間以上は働きたくない人間だ。しかし、ロジックをマシンに上手に載せるスキルがあれば、実質8時間も働かなくていいのだ。

たいてい最近の仕事はパソコンを使う内容が多いが、パソコンに向かって仕事をしている時の比率を考えてみるといい。単なる入力業務だけであれば話は別かもしれないが、工夫すれば操作時間を大幅に省力化することができる。つまり「人間操作:マシン動作」の稼働比率をマシン側にシフトできる。

さらに可能なら、人間の操作とマシンの動作を切り分けるといい。人間が上手にマシンにオーダーを与え、マシンは一晩中かけて働き続ける。人間の数百倍以上の早さで忍耐力が必要とされる作業を文句も言わずにやってくれる。導入コストとインフラ等のランニングコストを考慮しても、時給換算で人間より遙かに安く働いてくれる。

不思議なもので、パソコンを操作している時間は勤労時間として認められやすい。たとえば、パソコンに向かって何かの操作をして、パソコンが処理している間のちょっとの待ち時間がそうだ。「今、ちょっと処理が終わるのを待っているんです。」という言い訳(?)だって成立しそうなものだ。

この作業の一日平均を分析調査して、人間の操作が60秒で機械の応答が30秒だったとしよう。つまり3分の1がパソコンの仕事で、それ以外が人間の仕事だ。しかし、もし人間側の作業とパソコン側の作業をきれいに切り分けることができたとしたらどうなるだろう?

8時間の作業時間で同じペースを維持した場合、およそ2.7時間はパソコンが働き続けることになる。つまり人間はおよそ5.3時間しか働いていない計算になる。これが人間とパソコンが交互に働いていれば「勤務時間」とみなされ、パソコンが動いている間ずっと休憩をしていると「サボり」と判断されがちだ。

もちろん雇用する立場からすれば「空いた時間は働いてくれよ!」になるかもしれない。しかし非効率に働いている方はトータルで2.7時間休憩することができてしまうのに。これでは効率損だ。非効率な人が得してしまうことになれば、組織内の効率化は促進されなくなる可能性もある。

もちろん実際のところ、マシンが稼働している時間をそのまま勤務時間として認めるのは現実的ではない。マシンが徹夜した分を残業扱いにできるわけがない。しかし効率化を進めた分のご褒美はあってもいいと思う。計算比率は検討の余地があるものの、作業の効率化が実現できた場合はフルタイム就労扱いで帰宅してもよい・・・とか。

もしこのルールが適用できるならば、効率化できればできるほど短時間労働になっていける。ある作業の「出来高払い」というルールにしてもいい。決まった金額について非効率に働けば働く分だけ時給単価が下がっていくという仕組みだ。長時間の勤労ができないという特性が決定的であれば、このルールは最適解になるだろう。

「長時間の勤労ができないという特性が決定的であれば」と書いたのは、環境によっては精神障碍でも長時間勤労が十分可能だと思っているからだ。たとえば、精神障碍の当事者で6時間以上もぶっ続けでカラオケで歌い続けられる人を私は知っている。

カラオケで6時間といえばそれなりに長時間だ。仕事とカラオケの限界時間の違いは、心の中に「快」があるかどうかではないだろうか。つまり心の中が「快」になる環境を構築することでも、仕事の航続時間を長くすることができるだろうと考えているのだ。

実際のところ、8時間以上は働きたくない私にしても、ハケン以外の仕事を掛け持ちしているので、一日のトータルで言えば18時間くらい働いているかもしれない。ただ、ハケン以外の仕事はどちらかというと私の好奇心が原動力になっている。

だから、こう書いてしまうと怒られそうだが、かなり趣味性に近い時間を過ごしているので苦痛ではない。これがお金を生み出すので「仕事」扱いになっているだけの話だ。もちろんクオリティを高く保つということすらも私にとっては趣味の一部だ。

いかに「自分自身が長時間働かずに、正確な仕事ができるようになるか?」・・・というテーマは、長時間勤労が難しいといわれている層に実は向いているんだと思う。