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2011年11月14日月曜日

シンフォニー型育成(前編)

資金稼ぎのハケン生活をやめ、障害で困っている人材の育成を本気で行う決断をしてから、もうすぐ2年になる。当初、人材育成なんて私にできるんだろうか?・・・という疑問もたくさんあった。しかし、現在、私の周辺には多くの「すごい人材」が育っている。

そのほとんどの人が「自己解決力」を身につけて、「自力」でそれぞれの分野のスキルを身につけている。一例として、Web制作、システム開発、Illustratorを利用したデザイン制作・・・。彼らはこれらをゼロから自力で身につけていったのだ。

私が「自己解決力」の重要性を説くのはいくつかの理由がある。

(1) 誰かに頼る依存心をなくすため
→思考を放棄しちゃいけない
(2) 自分でできる自信をつけるため
→自信は自らの行動で生まれる
(3) 先生のレベル以上に伸びるため
→先生の限界を超えることが好ましい
(4) 先生の時間的制約を超えるため
→先生がいない時に伸びることが大事
(5) 自分自身の判断力を鍛えるため
→正しい判断には情報収集力が必要
(6) 想像力や提案力を鍛えるため
→豊富な情報(引き出し)の多さが必要

自己解決力によって、次々と新しいスキルを身につけていく様は見ていて気持ちのいいものだ。現状において、IT系統の業務トレーニングは私一人で担当している。普通に「先生」として「知識を教える」というシステムではおよそ到達できない次元だ。

なぜなら、一斉にひとつのスキルを教える場合、その対象人数が多くなればなるほど、一人の担当者では対応が難しくなるからだ。この方法にはさらなる弊害がある。それは「一斉」に同じことをする場合、「できの優劣」を意識しやすくなってしまう。

この状況に加えて、複数の「技術スキル」を同時に「教えよう」と思った場合、当たり前だが複数の「先生」が必要になってしまう。それぞれの方面に詳しい「先生」を揃えようとすると、育成のためのコストが高くなってしまう。

私はこの方法ではなく、自分で様々な難題を解決するための「自己解決の方法」を「伝える」という方法をとっている。自分自身の「テーマを分析」して、「効率よく調査」して、「自分の知識として吸収」する方法をマスターしていただいて、それをベースに個人個人が独立して動くのだ。

次回、このブログに私の人材育成方法の実例を書いてみたいと思う。

2011年11月10日木曜日

育成にかける想い

私はメンタルで困っている人たちをメインにして「即戦力ITコース」という講座を開いている。このコースには私の想いを凝縮している。

今の時期は体験者も多いこともあり、改めてコースについての説明をさせていただいた。今回は趣を変えて、話をした内容をそのまま思い出して書いてみたいと思う。

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「初めまして」の方も多くいらっしゃいますので、簡単に即戦力ITコースについてお話しさせていただきたいと思います。私がこのコースを担当している松下です。よろしくお願いします。

即戦力ITコースでは「自己解決力」をキーワードにして、自ら問題点を「分析して」、それを効率的に「調査して」、それを自らの知識として「吸収する」という流れを徹底的にやっていこうと思っています。

最終的にこの講座を受けていただいて、最終的にITの業界に行くかどうか。それはあまり気にしなくてもいいのですが、「自己解決力」はどの業界に行くにしても必要な力だと思っています。

なぜなら「自己解決力」は「提案力」や「実行力」に直結することだからなんです。そして多くの企業は人材に「提案力」や「実行力」を求めています。少なくともそんな人材がいれば助かるんです。

もちろん、障害者枠ということで現実的にそこまで期待されていないかもしれません。でも「期待されないから」といって、本当は「できる」のに「できない」という常識ができあがったら悔しいじゃないですか!

仮に「実際に雇ってみたら思った以上に能力があった!」と企業に思ってもらえる人材になれば、そこから世の中が変わるかもしれません。みなさんの姿勢が社会を変えるかもしれないんです!

私はこの講座について特別な想いがあります。講師をさせていただくにあたって「メンタルの方々に講座を行うためのレクチャー」を受けました。そこで、私はどうしても納得しがたい話を聞いたんです。

「メンタルの方は自分で考えることが苦手ですので、指導員が分かりやすく準備しましょう。」
「考えなくてもいいように手順をシンプルに。複雑にならないようにしてあげてください。」

私はその方針を聞いた時に、とても頭にきたんです。やればできるかもしれないのに、どうして頭から「できない」と決めつけるのか。そんな環境を押しつけられたらできるものもできなくなりますよ!・・・って。

だから、私は絶対にそんなやりかたはしないことを心に誓ったんです。基本的に、今日、この講座を受けてくださっている方々は、本気でやろうとすれば「必ずできるようになる」と私は信じています。

人生は一度きりです。年を取って体が満足に動かなくなってから「もしかして、あの時に挑戦していれば」なんて後悔しても遅いんです。今からだって未来は変えられるんです!

自分の可能性を見限らないでください。まだ見つかっていない才能を信じてください。すこしでも心ときめく希望があれば、それを精一杯燃やしてみましょう。楽しくやっていきましょう。
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実際に話した内容はもっと長いのだが、客観的に読んでみるとちょっと・・・熱すぎる・・・かもしれない。

2011年11月7日月曜日

何か分からないけど・・・じゃ

私は就労移行支援の仕事として、ITを利用した業務を通じて、本人すら気づかなかった才能を見つけることに喜びを感じている。そうやって本人が持っている無限の可能性を活かしていきたいのだ。

そうはいっても、今までも書いてきたように、知識を安易に教えないのは私のポリシーだ。ちゃんと自分の頭を使って考えることには最大限のこだわりがある。

新しい知識を必要とするミッションを提示したら、あとは基本的にそっと見守ることが多い。大きく間違えた方向にいかない限りは、本人の力を信じて待っている。

と、こういう話をすると聞かれることがある。

「じゃあ、別にITを知らない人でも、ミッションのリストなりマニュアルさえあればIT方面の支援ができるってことですかね?」

なるほど、確かに見守るだけなら誰でもできる。しかし、私の結論としてはNoだ。一生懸命になって当事者がミッションを成功させた後が大事だし、本人の頑張りに反して失敗してしまった時が大事なのだ。

技術的なスキルを身に付けたときに、それがどれくらい素晴らしい価値があるのかを知らなくてはいけない。失敗してしまったとしても、そのための努力に隠された発見や、正しい糸口のヒントを伝えられなくてはいけない。

成功体験は正しい評価を与えることで輝きを増すのだ。「何か分からないけどすごいね!」という態度では、モチベーションを下げてしまうだけだ。仕事の本質を知り、その価値を心から讃えることが何より必要だ。

人は「自らの価値を認めてくれる人のために本気になれる」のだ。これは障害があろうがなかろうが、本質的に変わらない真実だと思う。

正しいモチベーションは、時間をかけて醸成した信頼感の上にこそ成立する。それだけに信頼を一度損ねてしまうと、取り返しのつかない状態になることも少なくない。

できたことに対して正しく評価しようとする真摯さと、信頼を大切にしようとする誠実さがなければ、人材育成に関わってはいけないのだと私は思う。

このことを自分自身に問いかけながら、人材が「自力」で伸びていく様子を見守っている日々だ。

どの程度実現できるか分からないが、私に出会った人たちの人生が、一人でも多く上昇気流に乗っていただきたいと願っている。

2011年10月12日水曜日

軽作業と一般事務

最初に書いておきたいことは、決して「軽作業や一般事務を馬鹿にしているわけではない」ということ。それでもあえて言いたいのは、私が関わっている当事者については「軽作業や一般事務の仕事の訓練はさせたくない」と私は思っている。

どうにもならないような事情があって、どうしても軽作業や一般事務に進むしかない人も確かにいる。しかし、私の中で「障害者は軽作業か一般事務」という「決めつけ」には抵抗があるのだ。「障害があるんだから軽作業でもやってみたら?」と言われてしまうのだとしたら、そんな人生はどこか寂しい。

何度でも書くが、「軽作業や一般事務がよくない」と言いたいわけではない。そうではなくて「選択肢」が最初から狭められていること自体が気に入らないのだ。適切な考え方かどうか分からないが、実は私は就労支援事業を自分視線で考えている。

もし、自分自身が当事者になってしまったとしたら、どのようなサポートを望むだろうかと、いつも考えている。そして訓練を受けるとしたらどんな内容がいいだろうかと。毎日、楽しい気持ちで訓練の場に通えるためには、どんな環境だと幸せだろうかと。

私は「自分が何もできないから軽作業や一般事務を・・・」という消極的な生き方をしたくない。「できないなら、できるようにしていこう!」という前向きな人生の走り方を伝えていきたいのだ。実際に私がセンター長をしているジョイワークセンターでは、そういう生き方に目覚めた当事者がたくさんいる。

「そんなことを言っても、メンタルの人にそれは過酷じゃないか?」という声もあるだろう。実際にそういう局面がないわけではない。しかし「メンタルだから・・・」という言い訳を背負い続けていくのだろうか。そんな人生の時間は無駄に長すぎると私は思う。

だから、私が担当している当事者については、一切、障害を言い訳にすることを許していない。厳しいと言われようが鬼と言われようが、障害を言い訳にしているうちは、本当の幸せや充実感は得られないのだと思う。本気で働くことのしあわせが分からなければ、自分の殻を捨てることなんてできない。

私が知っている限りにおいて、就労移行支援事業の多くは「教える」「やらせる」ということに重点をおいていて、「考える」ということには重点をおいていないような気がする。そして「軽作業」や「一般事務」の訓練をひたすら続ける機能の施設が多いと思う。

それで幸せになる人もいるのだから悪くないと思う。それが幸せになるならそういう資源を使うことは正しいと思う。しかし、もしも私が当事者になってしまったら、そんな訓練はやらされたくないのだ。他人から言われた仕事を唯々諾々とロボットのように行う仕事はやりたくない。

だから、私は私のような考え方を持っている当事者が幸せになれるような環境を構築している。障害者全体から考えれば、それはとても少ない層かもしれないが、働く意思のある障害者の1%でも需要があれば、私にとっては十分すぎる人数になる。「障害者は障害者らしく○○の仕事でもしていろ」なんて常識はぶちこわしてやりたい。

「できるだけラクな仕事をやりたい」というのは、たぶん「考える仕事の楽しさを知らない」からなんじゃないかと思う。そして「自分の才能と可能性を信じていない」からなんだと思う。試してみることもしないで、自分の可能性を安易に捨ててほしくないと思う。

2011年7月27日水曜日

教えない講座

ちょっとだけ過激なことを書きたくなってきたので書いてみる(笑)。

私は障碍を持っている人向けに「ITコース」の講座をいくつか持っている。
わりと運営者には嫌がられてしまうんだけど、受講者にはっきり言う。

「このコースではパソコンの使い方、Officeの使い方は一切教えません!」

運営者としては「そんなことを言ったら来なくなってしまう」と思うだろう。
それでも、私は最初にこれを受講生に伝えるようにしている。
別にびびらせようなんて思ってはいないんだけど、はっきりと伝える。

「私が伝えるのは、Officeなどを使えるように自己解決する方法です。」

ここで、2つの層に分かれる。

(1) 「なんだ教えてくれないのか」と下を向いたり退室してしまう人
(2) 「自力で解決できるスキルがついたら得じゃないか」と目を輝かせる人

本当に申し訳ないんだけど、私は(1)の人を相手にするつもりがない。
そういう人のために、街角にはたくさんパソコン教室がある。
私自身も「飽和している市場」に乗り出すつもりなんて毛頭ない。

私は「パソコン教室に通いたくない層」を徹底して伸ばしていきたい。
先生に依存せずに自力でなんとか前に伸びていきたい人を伸ばしたい。
これは私が世の中に対して提供できる価値でありサービスの差別化だ。
誰でもできることは他の誰かがやればいいんだから。

たしかに受講生の半分は来なくなってしまうかもしれない。
だけど、私は本気で前進しようと思っている人が伸びてくれればいい。
居眠りをしていても「頭数」が稼げればいいだなんて思っていない。

本気でパフォーマンスを上げるには、それくらいの覚悟が必要だと思う。

2011年7月19日火曜日

通過点

先月の15日に新しい命が産まれた。このブログを書き始めたときは一人きりだった。一人きりのお正月に決心して新しい人生を誓った。自分のすべきことをまっすぐに取り組むことを。

あれから年月は流れた。そして、今、家族がいる。なんとも不思議な気分だ。特に産まれたばかりの娘は、1年前にはこの世界のどこにもいなかった存在だったわけで。

私の少年時代は夢や希望を持って生きることができなかった。環境が特別に悪かったわけでもない。ただ、私が勝手に絶望した日々を送っていただけだった。

しかし、それから20年以上も経ってから「人生の景色」は自分自身で変えられることに気づいた。娘に伝えたいのは「この世界のすばらしさに早く気づこう」っていうこと。

生きている時間、全てが楽しく生きられたらなんてしあわせなことだろう。ただ、私は言葉でそれを伝えることはできないかもしれない。大事なことは言葉で伝わらないことが多い。

たぶん私ができることは、今、生きている私の幸福な人生を見せることだけかもしれない。私ができていないことを誰かに伝えることなんてできない。

さて、これからの人生、より輝かせていこう!

2011年7月6日水曜日

数字の実績としあわせ

現在のところ、まだ、ジョイワークセンターからの卒業生は出ていない。なぜなら、新しい可能性を見つけた人たちが、そのまま徹底的にスキルを磨いているからだ。

一方で他の事業者の支援員さんの中には「どこだっていいんだよ。長く働ける職場に入れれば。」と話す人もいる。これもその通りかも知れない。

実際にこの支援員さんは「数字」としての実績がある。そういう意味では、非常に大切なアドバイスだ。特に「どこでもいいから、入れるところに就職したい。」という人にはいい考え方だと思う。

速効性のある対応は多くの利用者を幸せにするだろう。しかし、自分なりに明確な方向性を持った人に「どこでもいいから入れる会社に入れてしまおう。」というのはどうなんだろうと思う。

失礼なたとえになるかもしれないが、動物園で「決まった時間に確実に食料をもらえりゃ幸せだろう」と言われる動物のような気がする。私が動物だったらそんな動物園の生活はいやだ。

私が考えている就労支援とは、今まで本人すら気づかなかった才能を発掘して、ワンランク上を狙うことだ。「ワンランク上」というとよく誤解されるが、職業の貴賤のことを言っているわけではない。

つまり、「自分の意向とは違うが就職できるところを目指す」という選択肢の上には、「自分自身のスキルを高めて自分の願う仕事があるところを目指す」という選択肢があるのだ。

私はここに徹底的にこだわりたい。「仕事に就く」だけではなく「自分のやりたい仕事に就く」ということだ。実はものすごく厳しいことを私は書いている。そのために必要とされる努力は並大抵ではないからだ。

ネガティブ思考を徹底的に叩きつぶしてポジティブにしていかないといけない。誰かに頼るのではなく自分で自己解決をする姿勢を私は強く要求する。自分の人生を変えるということは、つまりそういうことだ。

「入れそうな人をどんどん企業に入れていく」就労移行支援事業者はたくさんいる。そして日本には、まだまだ働きたくても働けない当事者の数は多い。だから、そういう支援員の方々の存在意義は大きい。

しかし、そういう方々が多いのであれば、なればこそ、私は「自分自身ですら気づかなかった夢を探し出し、その夢を成長させて人生を大きく変える」就労移行支援をしていきたいと真剣に考えている。

本気で生きる当事者が、本気の夢を追いかけて、その夢を成し遂げていく場所を作りたいのだ。「障碍者は仕事にありつけるだけでしあわせ」という構図を崩していかなくてはならないと思っている。